2007年05月31日

〜Line〜(前編)

胸を高鳴らせタラップから甲板に飛び移ったあの日。
眩しい朝日に目を細めつつ、停泊している巨大な船の隙間を縫うように小さなバルシャで船出したのがまるで昨日のことのように思えた。
といっても最初に街でかき集めた船員達の顔は、もうほとんどが朧げにしか思い出せないのだけれど。
―― ある者は船を降り、ある者は海の底で眠った。

長く航海をしていれば、幸せなこともあったし、辛いこともあった。
水も食料も尽き、また病気や不注意の為に何人の男達を犠牲にしたのだろうか。
それでも彼らの多くは、自分を信じ、自分の為に船を進ませてくれた。
どこにいても幸せにと願う気持ちは、かつて一緒にいた者達にも、もちろん今この船に乗っている者達にも同じだけ思っている。

テーブルの上に大量に積んだ布袋を無理矢理押しのけてスペースを作り、机の上に突っ伏しながら深いため息を吐く。

「まだまだやるべきことがたくさんある」

自分に言い聞かせる為にわざと声を出す。
しかし分かってはいてもなかなか事は進まなかった・・・・・・その理由も分かっていた。

****************

最後の手紙を書き終えた頃には、既に窓の外は夕闇が訪れていた。部屋の外で待っていたワキャックに手紙の束を渡すと、そのまま甲板まで上がった。
頭上にはたくさんの星輝き始め、爽やかな海風も飛び散る飛沫も心地良かった。

「もうすぐロンドンですね」

続いて上がってきたワキャックが静かに隣に並んだ。手には手紙の変わりに酒を握っている。二人して甲板に腰を下ろすと、静かにグラスを合わせた。

ワキャック「手紙は明日の朝に送っておきますね」
ケイロン「ああ」

短く返しグラスに口をつける。
華やかで芯が強い豊かな香りで鼻と喉を潤した。

ケイロン「これは・・・」
ワキャック「今回のは自前ですよ」

彼はそう言って照れくさそうに鼻を掻いて笑った。
間違いなく高価な代物だ。多分副官室に隠し持っていた秘蔵の酒だろう。いつだか他の船員達に「心に決めた女性を口説き落とす時に使う」と自慢げに語っていた・・・。

ケイロン「良かったのか?」
ワキャック「たった一本減ったぐらいじゃ大丈夫ですよ。港にはたくさんの女性がいるんだから準備も万端です」

冗談とも本気ともとれるような笑顔で、彼は空になったグラスになみなみと注いだ。
昔は騒がしく鬱陶しい男だったが、いつの間にこんなにしっかりとしたのだろう。仲間にも慕われている。副官などではなくそのうち立派な船長になるかもしれない。
嬉しくもあったが少しだけ寂しい気もした。

ケイロン「ありがとう」

短く返すと、もう一度空を見上げた。
さっきよりも数を増して瞬く星空が少しだけぼやけて、余計に明るく感じられた。
posted by ケイロン at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ケイロンの航海物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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